240万人のアルビストーリー 2

昨日の深井選手のゴールを深夜のスポーツ番組からやっとのことで探り当てて歓喜していた方も多いのではと思われます。
強敵相手に追いついた「感激」より、今年のチームならもっとやれるという「期待」のほうが膨らみます。
次の試合まで間が空きますので、またエピソードをひとつ。

中沢俊夫(仮名)はアルビレックス新潟の試合結果をつたえるニュースを懐かしい思いで眺めていた。彼はアルビファンというわけで無ければサッカーファンでもない。野球派である。その彼が昨年一度だけ観戦のためにビッグスワンを訪れた。

彼の家は昨年ヨーロッパからの留学女子高生「クレア」を1年受け入れていた。中沢夫婦の子土供は男の子だけで、クレアは中沢家初の「娘」となった。当然夫婦そろって彼女を可愛がり、本当の子供同様に扱った。クレアも日本語が達者で、愛くるしい笑顔とともに性格も誠に素直で家族にこの上なく愛された。俊夫は野球以外では酒が三度の飯より好きであったが、留学生協会のほうから「留学生にお酌を絶対させてはならない」との厳しいお達しがあり、彼をすこしばかりがっかりさせた。また、しかし彼も「必死」にその約束事を守った。

ある日、クレアはアルビレックス新潟の存在を知り、「是非スタジアムに行って試合を応援したい。」と、言い出した。俊夫は彼女の為にアルビボランティアをしている友人のシーズンパスを借りるなどして彼女をビッグスワンに連れて行ってやることにした。試合当日はナイトゲーム。俊夫は学校まで彼女を出迎えスタジアムへ向かい、スタンドでは好きな酒もクレアを送る車の運転の為に必死に堪えた。

一年という時間は中沢夫婦にとって瞬く間に過ぎ去った。彼女の帰国を一週間後に控えたあたりから夫人は涙もろくなり、「クレアを養女に迎えられないかしら?」と真顔で知り合いと相談を持ちかけたりした。俊夫はいまだにサッカーには興味はなく、相変わらずの大酒飲みである。クレアが日本を離れる前に、クレアは一度だけ彼の晩酌に付き合い、やってはいけないと通達されていた「お酌」をしてあげた。俊夫はうしろめたいながら素直に受け、喜んだ。帰国の日、中沢夫婦はそろって成田空港までクレアを見送った。夫人の目はそれまで見たことがないくらい涙で赤くはれ、交わす言葉も不自然に途切れた。俊夫が別れ際に遠慮がちにクレアの肩を抱くと、クレアはきつく抱き返してきた。俊夫のシャツの上からでもクレアの目から流れる熱い涙は感じ取れた。

別れに手を振るクレアを見つめる中沢夫妻の胸には、楽しかった一年の思い出がゆっくりよみがえってくるのに対し、無遠慮なスピードでクレアを連れ去るエスカレーターが鬼のように恨めしく思えた。滑走路を背にし、空港の自動ドアを抜け、飛行機の爆音が耳に届くと、俊夫が必死に堪えていた涙は堰を切ったように流れた。いつまでも頭の中でクレアの笑顔が離れることは無く、涙も止まる事はなかった。夫人も帰途完全に沈黙し、うつむき、寂しさに耐えていた。新幹線で新潟駅に着くと、遠くにビッグスワンの明かりが輝いていた。楽しかったワンシーンが思い出され、また頬に涙が伝った。いつまでも、その涙は止まらなかった。


by シュガーレス・ライフ  秋葉区のNさんの経験に基づき構成いたしました。ご協力感謝します。

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